キリストを自分の救い主として信じるか否かで、どこで永遠を過ごすのかが決まる


 いつの日か、私もあなたも神のさばきの御座の前に立つ時がやって来ます。永遠に入る前に、そこで最終試験とも言うべき、人生の審査を受けることになります。
 聖書は言っています。「私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。・・・・・こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。

 幸いなことに、神は私たちがこの最終試験に合格できるように、前もってその質問を教えてくださっています。
 その質問とは、第1に、「神の御子イエス・キリストを、あなた自身の個人的な救い主として信じ受け入れましたか?」というものです。
 この質問は、どこで永遠を過ごすのかを決めるものです。つまり天国で永遠を過ごすのか、それとも地獄で永遠を過ごすのかを決めるのです。
 神の御前で自分の罪を認め、告白し、本来なら自分が受けるべき罪の刑罰をイエス・キリストが十字架上で身代わりに受けてくださったと信じる者は皆、どんな極悪人であろうと、天国に行けるのです。つまり、永遠に神と共に生きることができるのです。しかし、キリストが十字架上の死において自分の罪を完全に償ってくださったということを信じない者は皆、地獄に行ってしまうのです。天国と地獄は決して作り話ではなく、現実に存在しているものです。

 イエス様は「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」と言われました。
 
 仏教の教祖ブッダはその晩年に「私はいまだ真理を探究し続けている」と言いました。また、イスラム教の教祖マホメットは「自分は預言者であり、真理を指し示しているに過ぎない」と言いました。
 しかしこれに対し、イエス様は「わたしが真理である」と言われたのです。
 神ご自身が、私たち人間を救うために、人の姿をとってこの地上に降りて来られたというのです。
 イエス様は「天国に至る道は一つしかない。わたしこそその道にほかならない」と言われました。
 
 天国に至る道は、イエス・キリストを信じる道だけであって、これ以外にはありません。他にも天国に至る道があるなら、イエス・キリストはこの地上に来る必要はなかったのです。

天国への道は、何かの良い教えや宗教のことではありません。それは一人の人格を持ったお方のことです。神は、あなたがそのお方を信じ、そのお方を個人的に知るようになることを願っておられるのです


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