(続)イエス・キリストに出会って人生が変えられた!


みなさん、おはようございます。
主の十字架では年度の初めが11月ですね。なので今は年度末です。
今年2015年度、自分は神様から大きな愛と恵みと祝福を受け、主の栄光が現されました。
今日はその受けた祝福の証をしたいと思います。


まず、みなさんご存知のこととは思いますが、主の十字架では毎年新しい賛美77曲の歌集を出しているのですが、毎回応募曲が500曲を超える中、この度その新しい歌集『風のひびき第3集』に自身が作詞作曲した歌が3曲も掲載されることになりました。
これは自分にとってものすごく大きな喜びでした。

それというのも、さかのぼること昨年夏、野中牧師から風のひびき2集への応募を勧められました。
作る曲に対しては自分なりの神様への思い入れは持っていたのですが、「自分の作る曲はゴスペルに向いていないし、歌も下手だし、どうせ選ばれはしないだろう」と何も期待することなく、不信仰な思いで1曲応募しました。
その結果はというと、当然、当初思っていたとおり掲載からは漏れました。
自分は心の中で「ほらね!」という言葉を用意していたのですが、その意とは反して、すごく"悔しい"思いになっていました。

そしてそのことを野中牧師に告白したところ、礼拝の中で特別賛美をするように勧められました。
正直なところ、その時も気が向かなかったのですが、神様は教会の管理を受けて進むことを望まれているのを知っていたので、感謝してギターの弾き語りで挑みました。
やってみて、ギターを弾きながらの賛美は自分には難易度が高いことを知り、次は得意なオリジナルのアレンジをしたカラオケを作り、それに合わせて賛美しました。
そうすると賛美することにぐっと気持ちが入って神様の臨在を感じました。それとともに聴いてくださったみなさんも「良かった」と言ってくださったので、それから毎月1度程度、カラオケ賛美を続けていくことができました。

毎回緊張はありましたが、自分の大好きな賛美曲を好きにアレンジできることは本当に楽しく、心から歌えることは、本当に喜びでした。
なにもアレンジのアイディアが思いつかないことも多々許されましたが、神様に祈り求める中で特別賛美のある礼拝までにはアイディアが与えられ、必ず仕上げることができました。

そんな中、今春に牧師から白馬賛美大会の関西地区予選に出場することを勧められました。
ですが、自分は無職で、大会の参加費や交通費も捻出できないほど経済的に困窮していたこともあり、ここにきてまた、昨年同様「どうせ自分なんて出場しても・・・」という思いが湧いてきて、出場するか否か決断できませんでした。
ですが、やはり昨年、風のひびき2集に漏れた時のような思いをしたくないと、神様に悔い改め、祈りました。
「関西地区予選に出場するのが神様の御心ならば、行けるように経済を満たしてください。そうなればもう不信仰なことは言いません。あなたを心から賛美できるように努めます!」と。

そう祈るようになってから、自分の中で気持ちが予選会に向き始め、特別賛美での曲のアレンジも予選会を意識して作っていくように変えられていきました。
編曲を作っていく中で、牧師から「今回の予選会で我々のチームに奏楽者がいないため、野木さんに『すべてが益になる』(風のひびき2集に掲載)のカラオケを作ってほしい」と言われました。
自分はこの時、非常に驚きました。それはその時、編曲していたのが『すべてが益になる』だったからです。
神様は教会のために働きを進めると、この上なく益にされることを改めて感じ、そこからさらに予選会に出場できるように強く願いました。
するとまた驚くことに、参加費と交通費の献金が与えられ、予選会に出場することが決まりました。

予選会当日になり、いろんなコンディションの問題もありましたが、とにかく主を心から賛美できるように徹底して祈りました。
そして自分の番が来て曲がスタートすると、心が静まり平安に満たされ、神様に願ったとおりに始まりから終わりまで心から賛美することができたのです。
歌い終わった後のあの清々しさと喜びは今でも忘れることはできません。
それだけで感謝なことだったのですが、神様はこの予選会でベスト10に入るというプレゼントまで与えてくださり、本当に驚き、心から神様を褒め称えました。

祝福のうちに終わった予選会後、自分の内に「この賛美の働きをどんどん進めていっていいんだ」という思いが湧いてきたのを憶えています。
その思いが与えられた翌日の礼拝の帰り道に、自転車に乗り、神様の御心の曲が与えられるように祈りながら鼻歌を歌っていると楽しげなメロディが浮かんできました。
そのメロディは止むことなく、その日のうちに原曲が出来ました。
それが今、3集で用いられている『Love Jesus』です。
それからも、おもに礼拝の帰り道でメロディが浮かび、どんどんオリジナル曲を作っていける恵みに預かりました。

そうして3集に向け5曲応募することができました。

ところがここに来て、
「応募した曲は採用されずとも、インターネットラジオで1回でも流れればいいなぁ・・・」と、また消極的に祈るようになっていました。
すると、願ったとおりラジオで1曲流れ、神様に感謝し、とても満足でした。
そして後日、牧師から風のひびき3集の掲載が決まったとメールが来ました。しかも3曲も。
「えー!」
5曲応募して3曲掲載...。この用いられ方は普通じゃないととっさに思わされ、とにかく神様の御業を恐れ、ひたすら感謝しました。

この流れに驚いていましたが、神様の御業はこんなものじゃありませんでした。
自分はよく他の主の十字架の礼拝映像を視聴するのですが、どの教会でも礼拝の中で自分の曲が賛美されているではありませんか!
しかも毎週のように。

そしてインターネットラジオでは度々曲が流れたり、自分のことが話題に出たりと、ただ事じゃないことをようやく分かってきて、神様に消極的な祈りをしてしまったことを悔い改めました。
そしたら次はみ声新聞からのインタビュー依頼、続いて雲の間にある虹からのインタビュー依頼、そこにきて関西合同聖会での特別賛美依頼、それに併せてGLTVへの出演・・・。

それからそれから、ゴスペルシードのインターネットラジオ出演。Giftsが『風のゆくえ』(風のひびき3集に掲載)のダウンロード販売開始。
本当に驚くばかりの恵みです。

自分は『心配いらないよ』(風のひびき3集に掲載)という歌の中で、「これからあらわされる驚くべきみ業を見ていくだろう」と、今年度、主の十字架に与えられた、出エジプト34:10の御言葉を信じ、神様の御業を期待してこの詩を書きました。
そしてこの1年の教会生活を歩むことにおいて、その御業を見ることができたことを心から主に感謝いたします。
そして、リバイバルというのは始まると何もかもが一気に開かれていくということを、これらの体験を通して身を持って知ることができたことが一番の恵みでした。
今、始まったリバイバルに備え、神様に真剣に聞き従っていく時なんだと思わされています。

最後に、自分は教会に導かれる前まで、人間関係、社会、自分自身に失望して、ひきこもり同然で10年以上希望を持てない人生を歩んできました。
音楽は好きでも、アイディアも乏しく曲は作れない。演奏したい曲もない。そもそも人に聴いてほしいという思いもない。
悪いことはできるのに、良いことは何もできない中でインターネットを通してイエス様が手を差し伸べてくださり、賛美を通して教会に導いてくださり、
現在、奏楽ができる楽しみを知り、神様に捧げる歌をどんどん作っていけるように変えられ、それらが大きく用いられ始めてました。

この取るに足らない弱い自分を選び、愛し導いてくださる神様に心から感謝し、賛美し、褒め称えます。
そして、これら現された栄光を全て主にお返しいたします。


主の十字架クリスチャンセンター京都シオン教会:野木貴雅兄