ハレルヤ!主の御名を讃美します。11月24日(月)にえり子姉とめでたく結婚式を挙げることができました。
主に心から感謝します!これから、結婚に至るまで主がどのように導いて下さったのかを証しさせていただきま
す。 

 私が主の十字架クリスチャンセンター東京アンテオケ教会から京都シオン教会へ遣わされ、3年目に入った2
006年10月18日の早朝のことです。朝の祈りを終え、聖書を取り出しパッと開くと、「人はその父と母を離れて
、その妻と結ばれ、ふたりの者が一心同体になるのだ」というマタイ19章の御言葉が目に飛び込んできました。
しばらく19章を読んでいく中で、さらにまた、弟子たちが「もし妻に対する夫の立場がそんなものなら、結婚しな
いほうがましです」と言ったのに対し、イエス様が「そのことばは、だれでも受け入れることができるわけではあり
ません。ただ、それが許されている者だけができるのです」とおっしゃったことが目に留まり、何か語られている
ような感覚を覚えました。その後、当時ヘブライ語を習っていた私は、ちょうどその日に教わることになっていた
テキストの箇所を開いて予習を始めました。テープの講義を聞きながら、ヘブライ語で書かれた会話文を読んで
いくと、私の目はある箇所に釘付けになりました。そこには「人がひとりでいるのは良くない」と書かれてあったか
らです。それは、創世記2章18節の御言葉でした。それを見た瞬間、先程の聖書の中の御言葉といい、テキスト
の中の御言葉といい、あたかも主に「あなたが独身でいるのは良くない。結婚しなさい」と言われているような気が
して、主が結婚するように語っておられることを強く感じました。
 
 しかし、結婚の導きを感じても、その時点では主が用意されている相手が誰なのか全く分かりませんでした。明
確に示されている人は誰もいなかったからです。しかし、それから4日たった10月22日(日)のことです。その日は
、主日第二礼拝の後、関西各教会合同の讃美グループ「Splender」の練習のため、神戸市にあるメリケンパーク
という所に行くことになっていました。私はそれまでそこに行ったことが一度もありませんでした。それで、「どうや
って行けばいいんだろう」と思っていたのですが、ちょうどその日の主日礼拝に普段来ない神戸市在住のA兄が約
1年ぶりに来たのです。私は「彼ならきっと行き方を知ってるに違いない」と思い、彼に今日メリケンパークに行かな
ければならないことを話し、行き方を尋ねました。すると、彼は「連れてってあげる」と言って、礼拝終了後、わざわ
ざ私をそこまで案内してくれたのです。目的地に向かう道中、私は初めてその場所に行くちょうどその日に彼が来
たことがあまりにも不思議に感じられ、そんなはずはないと思いつつも、彼に「今日、メリケンパークに行くことを知
ってたか」と聞きました。彼の答えは「いや」でした。それもそのはずです。Splenderのメンバーでもなければ、主の
十字架の人でもない彼が知ってるはずがないのですから。目的地までの道中、私はずっと「なぜ今日、彼が来た
んだろう?」と考えていました。単なる偶然とは思えなかったからです。何か主のご計画があるような気がしてなり
ませんでした。しかしその時には、それが何なのかさっぱり分かりませんでした。けれども、目的地に着く直前ごろ
だったと思います、「ひょっとしたら、神戸アンテオケ教会に私の妻として主が用意しておられる人がいるのでは!
」という思いが突然生じ、一瞬、「原田えり子」という名前が脳裏をかすめました。でも「まさかそんなわけないよなー
」と、すぐにその思いをかき消しました。というのは、当時えり子姉について殆んど知らなかったからです。そればか
りか会話をしたことも殆んどありませんでしたし、年も自分より随分年下です。可能性は極めて低いように見えまし
た。

 けれども、その頃からだったと思います、もしかしたら主の導きかもしれないと思い、私は彼女との結婚について
祈り始めました。「主よ、私とえり子さんが結婚することがあなたの御心なら、双方にはっきりと分かるように示して
下さい」と時々祈り、また「もし私と彼女が結婚することがあなたの御心でしたら、どうか向こうの方から『結婚が示
されているので、祈って確認してもらえませんか』と言ってくるようにして下さい」と祈りました。そうしましたら、約1
年が経った2007年10月16日(火)のことです。えり子姉のお母さんから突然メールが届きました。驚いたことに、
それは「2005年の10月の神戸聖会の時からエリヤ牧師と娘との結婚が示されているのですが、エリヤ牧師は何
か主から示されているでしょうか?」というような内容のものだったのです。さらに、そこには「ある時、娘も『示され
ている』と言っていました」とあり、最後に「今この時、このことを主が伝えるように言われるので・・・」とありました。
えり子さん自身からのものではありませんでしたが、祈っていた通り、向こうの方から「結婚が示されてます」と言
ってこられたのです。まさか本当にそうなるとは、しかもお母さんが言ってくるとは思いもよらず、大変驚きました。

 それから約1カ月して、私は本人の意志を確かめるため、えり子姉に直接連絡しました。私はてっきりお母さんの
メールはえり子さんの了解を得て送られたものと思い連絡したのですが、彼女はつい最近メールのことを聞かされ
驚いた様子でした。でも「今でも示されてますか?」との私の質問に対し、彼女は「2年前から示されており、1年間
確認を取りました」と答えました。私は驚いて「そんなに前から示されているなら、なんで自分の方から言ってこな
かったの?」と言ったら、「『エリヤ牧師の方から言ってくる』って示されてたから」と彼女は答えました。私は「えり子
姉の方から言ってくるように」と祈っていたのに対し、えり子姉は「エリヤ牧師の方から言ってくる」と示されていたの
で、きっと主は二人を結び合わせるためにお母さんを用いられたのでしょう。ともあれ、聖書に「すべての事実は、
ふたりか三人の証人の口によって確認されるのです」とあるように、3人が個々に結婚を主から直接示されていたこ
とが、この結婚を主が御心とされていることの第一の確認になりました。

 その他にもいくつかの点で確認しましたが、私の33歳の誕生日(2007年10月10日)の数日後に先程のメール
が来たということも、確認の一つになりました。私は28歳の時京都に遣わされたのですが、遣わされたばかりの頃
、「33」という数字がやたらに目に留まり、「一体これはどういう意味だろう?」と思ったことがありました。主からの語
りかけなのかどうかそれすら当時定かでなかったのですが、33歳になって6日後に先程のメールが届いたことで、
あの「33」はえり子姉こそ御心の人であるということを私に教えるためのものだったと今は確信しています。えり子
姉は、まさに神様からのすばらしいプレゼントでした。主に改めて感謝します!