熱心な仏教徒で、先祖崇拝者の祖母が救われた!

 私の祖母は以前、熱心な仏教徒で、先祖崇拝者でした。毎日早朝に起きては、家の座敷にある大きな仏壇の前で念仏を唱えていました。母が福音を語っても、一向に受け入れませんし、クリスチャンの母と私が何か信仰に関する話をしていると、横から口を挟んできて、私に「お前はここんちの長男なんだから、キリスト教は絶対に許さんぞ!仏さんを拝め!」と言ったり、「ご先祖様がお前をにらんで首を絞めるぞ!」と脅したりしました。また、私が東京の神学校に在学していた当時、新潟の実家で定期的に教会の祈祷会が持たれていたようですが、祈祷会の最中に、祖母がずかずかと割り込んできて、牧師に「おらち(我が家)は仏教だから、帰ってください!」と言ったこともあったそうです。そういうわけで、当初、家族の中で祖母だけは、救われるのは不可能に近い存在に思えました。
 ところがです。なんとその祖母が救われたのです!あれほどかたくなだった祖母が転じて福音を受け入れたのは、実家にとりついている悪霊追い出しをしたことと、実家にある偶像を全部処分したことにポイントがありました。


 東京の神学校に在学中のある日、主から実家の霊の戦いをするように、実家にある偶像を全部処分するように示されました。実家の霊の戦いを、今すべきではないだろうかという促しがあり、今すべきかどうか主の御心を伺っていたちょうどその時のことです。ある日曜日に突然、当時私が属していた教会の牧師の方から、何も相談していないのに、「実家にある偶像を野中君の責任で処分したらどう?」と提案してこられたのです。こちらもちょうどそうすべきではないかと思っていた時に言われたので、その助言は、やるべき時は今であることの確認になりました。
 
しかし、やるべき時は今だと確信したものの、当初それをすることに恐れがありました。偶像の所有者は、父がすでに召天していたので、法的には私になっておりましたが、そうであったとしても、もしそんなことをすれば、どういう目に合うかは火を見るよりも明らかだったからです。

 野中家は旧家で、仏壇以外にも代々伝わっている偶像がありました。それは、親鸞を開祖とする浄土真宗の「中興の祖」と言われる蓮如という著名な僧侶が死ぬ間際に、天から蓮華の花びらが舞い降りてきたという伝承があり、その何枚かの花びらのうち、一枚が野中家に伝わっていたのです。祖母の話によると、戦前は、全国から80人〜100人の団体がそれを拝みに、はるばる実家に来たそうです。当初は単なる祖母のほら吹き話だと思っていましたが、蓮如の直筆も発見され、まんざらただのほら話でもなさそうなのです。ですから、祖母だけではなく、祖母の子に当る親戚たちも、そのことを誇りにしておりました。ですから、偶像を処分しろと言われても、もしそんなことをしようものなら、ただじゃ済まないことは目に見えていました。私は選択を迫られました。神に従って世に憎まれる道を選ぶのか、それとも世に従って神に憎まれる道を選ぶかのどちらかです。神にも憎まれず、世にも憎まれない道はありません。

 
祈りの中の葛藤の末、神に従う道を選ぶことを決断しました。そして、ある年の大みそかに帰省して、母に、今日霊の戦いをして偶像を全部処分する旨を話しました。母は反対しました。「おばあちゃんが生きているうちは、やめといた方がいい。」しかし、私は「主が今やれと言われるから、やる」と答えました。すると、母は「じゃあ、あなた一人でやりなさい。私は一切責任を負わないし、手伝わないから」と言いました。私は了解し、憶病だったギデオンのように祖母が寝静まるのを待ちました。昼間やると、祖母に妨害されるし、人目に付くからです。そして、祖母が寝静まった夜中の1時過ぎ、仏壇のある座敷に入り、主に祈り、賛美し、預言し、御言葉を語り、イエスの御名によって悪霊を縛って追い出し、主の勝利を宣言しました。主のご臨在を強く感じました。霊の戦いをする前は、圧迫や恐れが多少あったのに、終わった時には、それがすっかりなくなっていました。そしてその後、仏壇や蓮華花を含む一切の偶像の廃棄処分に取り掛かりました。「手伝わない」と言っていた母が途中から加勢してくれました。いつもはトイレに行くため1回は起きてくる祖母が、不思議とその日は一回も起きてきませんでした。おかげで、一晩のうちに偶像を跡かたもなく処分することができました。

 それからというもの、予期していたように私と母は、祖母や親戚から激しく批判されました。親戚には、これこれの理由で私一人がやったのであって、責任はすべて私にありますといった手紙を書いて送りましたが、やはり理解されませんでした。そして、私よりも母の方が矢面に立たされました。母は祖母から「とんでもない子を産んでくれましたね!」と言われましたし、親戚は私と母に内緒で親戚会議を開き、私と母を訴えようとしました。また、実家のある地域の人々にもうわさは広まったようで、オウム真理教みたいな危険な宗教と誤解した地域の人からも母は「オウム出てけ!」と言われたりしたそうです。

 しかし、このように主に従ったがゆえに世からは憎まれましたが、偶像を処分してから半年もたたないうちに、主の勝利と栄光が現されました。祖母が救われたのです!東京にいた私は、母から電話でそのことを聞いた時、信じられませんでした。怪しいと思い、「本当に信じたのかなぁ?」とだいぶ疑ってしまいました。しかし、ある日帰省して、自分でもう一度祖母に福音を語り、「信じる?」と聞いたところ、「信じる」と言うのです。驚きました。そこで、「それじゃ、これからイエス様を受け入れる祈りをするから、後について祈ってくれる?」と言うと、「分かった」と了解し、最後まで祈ってくれました。そして、最後に「私は本当に自分から信じたんだからね」と言ったのです!私は主を崇めました。

 

それからというもの、祖母は変わりました。祈祷会への妨害もピタリとやみました。私にキリスト教をやめろと言ってくることもなくなりました。そして、祖母はその後、数年生きて96歳で安らかに天に召されました。葬儀はキリスト教式で行うか仏式で行うか、だいぶ揉めましたが、家に仏壇がないことや、寺との縁も切っていたこともあり、最終的にはキリスト教式で行うことに終着しました。葬儀には家族や親族だけでなく、新潟の主の十字架の群れに属する各教会の方々や、地元の家々からも多くの未信者が参列される中、賛美がささげられ、福音メッセージが語られました。あとで聞いた話によると、地元でキリスト教の葬儀が営まれたのは、私の家が初めてだそうです。私は主の御名をほめたたえました。もし、神に従って霊の縛りを行い偶像を処分していなかったら、祖母は福音に心を開かないまま死んで、今頃は天国にいないでしょうし、葬儀も仏式で行うことになり、大勢の未信者に福音が語られることもなかったからです。「今はやめときなさい」と忠告した母も今では、「あの時偶像を処分していて本当に良かった」と言って喜んでいます。「私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」すべての栄光を主にお返しします。


 (主の十字架クリスチャンセンター京都シオン教会:エリヤ野中)